ようやく

先週末ジャパンウィークは終わった。いろいろハプニングがあったものの、結果的には大盛況の中、なんとか無事に終わり、ほっとすることができて、うれしかった。友人たちもわざわざ来てくれたり、うちの大学の学長夫妻まで来てくれて、学長が私にハグまでして、大盛況だね、素晴らしかったよ、とコメントしてくれてうれしかった。うちの大学の新聞の取材も受けたが、記事に載せてくれるそうだ。また、音楽の先生の仲間も来てくれたし、毎年一応、大学やCMTAにメールにて知らせてはいるものの、今年の反響はいつもに増していたのは、地震津波のニュースと無縁ではないような気がした。
「竹田の子守唄」も、ようやく恩師からいただいたコーラスの楽譜で歌うことができた。これについて、スピーチを入れてくれと頼まれていたので、一応、その背景なども話すことができ、なんとか役割を果たせたかな。


緊張など、いろいろあったので、その日の晩は、親しい友人と打ち上げ。そして、次の日(昨日)には、他の友人夫妻たちとハイキングに行って、ずいぶんリラックスできた。昨日は一日中素晴らしい天気で、暑くもなく寒くもなく、山の野草や花もいっぱい春らしくなっていたし、滝の水は本当に豪快だった。


今の時期ほど、素敵な時期はないと思うほどに、どこも春らしくきれいになっている。
ちょうど、この時期、ガーデンクラブがスポンサーするガーデンウィークの時期にあたり、今年は、ガーデンクラブの執行委員をしている友人から頼まれて、ボランティアをやることになっていたので、今日も朝早くから出かけた。その仕事は、ある富豪の家の庭に立って、お客さんに花や木の説明したり、案内したり、来る人たちの人数のカウンターを打ったりするような仕事だったのだけど、なんと、ぶっ続け4時間で、本当にくたびれた。
テラスにある山桜(Kasawan cherry tree)の下で、立っていたのだが、通る人から、わあ、貴女はなんて幸運なの、きれいな花の下で立っていられるなんて!と異口同音に言ってくれるのだが、立っている(私の)ほうは、長時間立っていてくたびれているから、幸運だなんて全然思えないのに、他人から見るとそう見えるという認識のズレを思った。そういう時って、いやあ、本当はくたくたで、全然幸運じゃないですよ、と言いたいところを、ぐっと抑えて、ああ、そうですね、と微笑んで応える。
余程、私がハッピーのように見えるのかしら、そのサクラの下で立っているあなたの写真も取らせてもらいました、なんて、ちゃっかり言ってくる人もいたりして。こういう場合、肖像権はどうなるの。これはボランティアなんだし、モデルやっているつもりもないし。
確かに素晴らしい庭園とテラスだったんだけど、訪問者として庭の植物を鑑賞する時と、仕事で、そこにいて訪問者のお世話をして見守る時と、それぞれ立場が違うと、これ程までに違う感じがあるのだということをつくづく感じる一日だった。