歩かないで!走らないで!

今回の旅行で、何回も面白いと思ったことの一つ。地下鉄ホームのエスカレーター。東京では、左側一列に人が立ち、右側をあける。それは、歩いたり駆け上がったりしたい人のために全体の効率をよくするため。これは実用的だと思うし、簡単に納得できた。
が、一方、名古屋では、人々は多少左に立つ習慣があるようだけど、乗り降りしたほとんどの駅で、エスカレーターの横に「歩かないで!走らないで!」と大きく書いてあるのだ。そこまで大きく書いてあっては、駆け上がりたい人も、ちょっと遠慮がちになる。でも、当然、急がなくちゃいけない人もいるから、そういう人たちは階段を駆け上がるということになる。危険だから歩いたり走ったりしないように、は分かるけど、その通りしてたら、予定に遅れてもいい、列車に遅れてもいい、ということなのだろうか。エスカレーターの立ち方も、歩かない走らないなら、別に皆が左に立つ必要もないのだから、確かに右も左もなくグチャグチャになっていることもよくあった。実際、右側に立っている人がいれば右側を歩くことも難しくなる。
この違いはどうしてなんだろうと思いをめぐらすのは楽しかった。
名古屋時間という言葉があるけれど、名古屋では、昔からちょっと遅れてもいいというカルチャーがあった。私には、東京のカルチャーの方が、いろんな意味で説得力があると感じながら、こういう、ちょっといい加減な名古屋のカルチャーを、この頃は、なんとなく微笑ましいし、味があっていいかな、と感じられるようになった気がする。(以前はそんな名古屋が嫌だと思っていた理由の一つだったんだけど)


さて、数年前、この年令で、チュロットは嫌だ、レギンズは嫌だとあれだけ思っていたのに、この数年の老いも若きもレギンズ、の光景に目が慣れたのか、とうとう私も日本でレギンズを買ってしまった。でも、今では、もはや、レギンズじゃなくトレンカ(レギンズより長く足の裏まで引っ掛け部分がある)なんだって。私は「いわゆる流行」には興味ないから、実用的な面で快適なレギンズを履いてみることにした。勿論、あくまで、カジュアルな普段着としてだけど。
友人たち曰く、レギンズ、チュロットは身体の醜い線を隠して、かえってスタイルよく見えるのだとか。それはどうなのかよく分からないけど。見慣れると何でもオーケーということなのかな。